公開日:2007-08-11

更新日:2012-12-14

死後の世界は認められつつある

私は最初、その男が何を言いたいのか理解できなかった。あまりに突然の物言いだったし、それ以前に内容があまりにも突飛すぎたからだ。耳を疑うということを、私は生まれて初めて実行したような気がする。

「要するに、だね」

男は大仰に両手を広げると、にやにやと勝ち誇ったような笑みを浮かべて言った。

「現代科学は、徐々にではあるが『死後の世界』を認めつつあるのだよ」

そんなバカな話があるものか。少なくとも私が知る限り、現代科学が『死後の世界』を認めたなどという話は聞いたことがない。もし証明されたとすれば、新聞のトップ面はおろか、ノーベル賞ものの発見といえるだろう。何賞にあたるのかは知らないが。

「確かに、直接的に認めたわけではないがね」

「それではなんですか、あなたは人には魂だの霊だのが宿っていて、それが死ぬと天国や地獄に行くとでも言うのですか?」

男は静かに首を振る。

「『霊魂』の存在を認めることと、『死後の世界』の存在を認めることは必ずしもイコールではない」

どういうことだろう。ならば死後の世界とは一体何であり、どうやってそんな世界へ辿り着くのだ。

「別に、特別なことは必要としない。人であろうが象であろうがシアノバクテリアであろうが、等しく『死後の世界』は開けていよう。私が導き出した仮説に依れば、そういうことなのだ」

そろそろ勿体ぶった言い方に嫌気が差してきた私は、早くその仮説とやらを説明するよう促した。説明されないうちには、論破しようがない。

男は両手をおろして一つ咳払いをした後、厳かな口調で語り始めた。

「良いかね。物事は全て原因があって結果がある。因果律というやつだな。今まさに宇宙は存在しているということは、つまり何らかの『原因』が存在したことに他ならない。ならば、一体それは何だったのか――これまで多くの人々が考えてきたことだ」

「だが実のところ、この場合における『原因』そのものはどうでも良いことなのだよ。それよりも問題なのは、宇宙の誕生が『1回きり』なのか『何度でも無限に起こりうるのか』という点だけだ。もし後者が真であるとすれば、私の仮説の正しさは自動的に証明されることになる。紙と鉛筆を持った神の存在を認めぬ限りはな」

全く理解出来ない。この男は何が言いたいのだ?

「それは何故か? 無限に起こりうるというのは、つまり無限の時間があると言うことだ。ある事象の起こる確率がどんなに非現実的な数字であったとしても、無限の時間において全ての確率は『0』か『1』に収斂する

男は指をチョキにして二の数字を強調した。

「考えてみたまえ。今から6面のさいころを10回ふって、10回とも1が出る確率は極めて低い。命を賭けたギャンブルだとしたら、たとえ百億円貰えるとしても降りた方が賢明であろう」

「だが、そこに「何度でも挑戦できる」という条件をつければどうだ? もはやそれはギャンブルとして成立しなくなる。寿命が尽きるまでに結果が出るかどうかは知らんが、確率上は挑戦者が100%勝利することになるからだ。より正確には『無限に100%に近くなる』と言うべきであろうが、1=0.999...は数学的に証明されている

ここで二本の指のうち、中指が折れて一本だけが残る。

「よもやキミは、自分という生命が存在することを奇蹟であるかのように考えているかも知れない。実際、宇宙誕生からキミが生れるまでの確率は途方もなく小さなものだ。だが、宇宙が無限に生れるものだとしたら、実はそれはいづれ起こる必然的なことなのさ」

だから、それがどうしたというか。それは自分という存在が必然的に誕生するという証明になっても、死後の世界があると言う説明にはな――

「ふふふ…どうやらキミも気付いたようだな。そうとも。宇宙が無限に誕生するとすれば、奇跡的な確率で誕生したキミという存在もまた、何度でも誕生しうるのだ。たとえ今ここで、キミと原子レベルで全く同じ組成の人間が何かの偶然によって誕生しても、それをキミとは呼べないかも知れない。詳しいことはスワンプマンと検索して調べてくれたまえ」

「だが、宇宙誕生からあらゆる確率が全く等しく繰り返されて誕生したキミは、キミを構成する全ての要素が同一となっている。となると、もはや客観的事実としても主観的事実としても、それがキミとは違うことを証明することが出来なくなる。それはまさしくキミであるからだ。それを否定すれば、キミはキミでなくなってしまう」

それは、つまり……

「つまり、いま生きている世界は『前世』でもあり『来世』でもある、と言うことだ。キミが死んで宇宙が滅び、そして新たな宇宙が誕生し、奇跡的確率をかいくぐって再びキミが生まれるまでには厖大な時間がかかるだろう。しかし、その時間は本質的に無意味である。仮にキミが今から12時間意識を失った――寝ていたでも良い。その12時間という時間は、客観的には存在するが、キミの主観に基づけば一瞬に等しかろう。同じように、キミが死んでからキミが生ま変わるまでの時間は、キミに言わせれば所詮一瞬であるということだ。『永眠』とは実に言い得て妙な言葉だな」

「そしてもう一つ、興味深い話がある。現代物理学はこの宇宙に『ゆらぎ』があることを認めている。仮にこの宇宙の全ての物質の状態とエネルギーを知り、かつそれが解析出来たとしても、未来に起こることを計算することは出来ない。それは宇宙に『ゆらぎ』が存在するからだ。それゆえ、仮にキミが誕生するまでのありとあらゆる事象が全く同一に起こったとしても、そこからの未来まで同じとは限らんのだ。これが何を意味しているか解るか?」

……。

「なんだまだ解らんのか。つまり、キミが生まれ変わる度に、キミの人生は確率的に変化する、と言うことだ。キミにも『あのとき別の選択をしていれば…』と悔いた経験は一度や二度ならずとも持っていよう。だが、次に生まれ変わったキミは、ひょっとしたら本当に別の道を歩んでいるかも知れん。あるいは、前に生まれたキミも別の道を歩んでいたかも知れん。いづれにしても些末なことだ。キミに起こりうる可能性は、どんなに小さくても最終的には1になってしまうのだからな。平行ではないが、ある意味多世界解釈に似ているとも言えよう。どうかね?」

確かに、それは正しいことなのかもしれない。しかし――と私は思った。

しかし、それはあまりにも虚しいことでないか。もしそれが正しいのだとしたら、私どう生き、どう行動したとしても、全ての未来を私は必ず体験することになるのではないか。どんなに苦しくても、悩んでも、幸せになっても、不幸になっても、永久に私の人生をループするとしたら、そこに何の意味があるというのか。

「生命そのものに意味などない。意味を定義するのは知性の働きに過ぎん。それに、この説が本当に正しいのかどうか、どうやったところで証明することは出来ない。誰も体験できんのだからな。――少なくとも言えることは、現在主流の宇宙論では『宇宙は無からゆらぎによって誕生した』と考えられていることだ。無から有が生まれるプロセスが存在する限り、宇宙は無限に生まれ得ると考える方が妥当であろう

「しかし、だ。仮にこの説が真であるということを超常的な力によって理解したしても、私は別に今の生き方を変える気は毛頭ない。何故ならば、無限の時間の中で『今の私』が無限に再現されるものだとしても、キミとこの話をする一秒一秒ごとに私は生理学な死に近づき、明日は明日の苦痛が、明後日には明後日の幸福が訪れることに変はりはないからだ。 『無限にある』ということに、私は意味を見出ださない。私が見出だす意味は、より即物的であり、より原始的であり、より進歩的なものであるからである」

そして男はまた、あの確信的な笑みを浮かべてこう続けた。

「どんなにドツボな結末が続く人生であったとしても、私は幸福を追求し続けることを希うよ。願うと言うことは、確率に関係なく、回数に関係なく、等しく認められるべきことだからだ。どうせ何度も送る人生だとしても、幸福な人生の方が楽しいに決まっておるからな」

参考